ツタの絡まるゴミ屋敷
私鉄の駅を降りて2〜3分歩いた細い路地に、昭和の年代に建てられた一軒家が立ち並ぶ中、その家はありました。建物の構造は周囲と同じく、木造2階建てで、玄関はガラスの引き戸、上に細長い蛍光灯が取り付けられています。
周りの家との違いは、家の隅々まで絡みついたツタです。地面から上に蛇行しながら家全体を包み込んでおり、道に面したガラス窓も開けられないような様子でした。玄関はかろうじてツタの侵入を免れているようです。長年の空き家なのかなあと、よく見ますと、窓ガラス越しに電灯の明かりがほのかに見えています。ここの住人はSさん。90歳になった女性です。
Sさんは、20年前にご主人が亡くなった後、ずっと独り暮らしをしています。お子さんはおられません。妹さんが一人いるのですが、訳があって仲たがいし、今は音信不通。7年前までは、近所の人と喫茶店で楽しくおしゃべりする姿も見られたのですが、転んで背骨を傷めてからは外出も減ってしまいました。最近はほとんど外出していない様子です。周囲は古くからの住宅地なので、近所付き合いが残っており、隣の奥さんが時折様子を見に行っていました。しかし、家の中があまりにもひどい状態になっているので、地域包括支援センター(注1)に相談されました。
地域包括支援センターは、連携する初期集中支援チーム(注2)に依頼し、訪問介入することになりました。チームスタッフが訪問すると、なんとか家の中に入れてくれましたが、便臭と腐敗臭が激しく、玄関から台所まで、おむつの使い捨て、食べたものの残りかす、紙屑などが散乱し、ゴキブリがガサゴソしているそんな状態です。本人はあいさつはできるものの、衣服は食べ物で汚れ、髪はぼさぼさ、尿臭がする状態でした。
いやがる本人をスタッフが説得して、物忘れ外来に受診させました。長谷川式知能スケール15点、最近の記憶や時間の感覚があやふやで、MRIでは海馬の萎縮があり、アルツハイマー型認知症と診断されました。その後、地域包括支援センタースタッフの奔走により、介護認定、施設入所にこぎつけ、Sさんは安定した生活ができるようになりました。
最近、独り暮らしの高齢者が増加しており、認知症の方も多くなっています。そうした方々の生活を破綻から救い出し、安定した暮らしができるための仕組みが作られています。
注1:地域包括支援センター(名古屋市ではいきいき支援センターといいます):各市区町村に設置されており、高齢者および高齢者を支える人たちが利用できます。日常生活での心配事から、病気、介護、金銭的な問題、虐待など多岐にわたります。多様な相談内容に対応するため、保健師・社会福祉士・主任ケアマネジャー(主任介護支援専門員)などの専門スタッフが配置されているのが特徴です。相談はほとんどの自治体で無料です。
注2:初期集中支援チーム:医師(認知症サポート医)と医療・介護の専門職(保健師、看護師、作業療法士、精神保健福祉士、社会福祉士、介護福祉士等)で構成され、認知症の早期発見と早期対応を目指して活動する認知症の専門チームです。認知症の疑いがあるのに医療機関への受診につながっていない方のご自宅を訪問し、心配ごとや困っていることをお聴きして、今後の対応について、ご本人やご家族と一緒に考えます。また、必要があれば、認知症対応の医療機関のご紹介や介護保険サービスに係る利用支援や情報提供等を行います。
今回もまた、日ごろの診療で出会った人たちとの経験を綴っていきます。
題して、「忘れえぬ認知症の人たち その3」